金沢市における旧町名復活にみる地域イメージと地域アイデンティティ』

【目次】

T はじめに
 1 問題意識・研究背景
2 従来の研究
3 地域アイデンティティ、地域イメージについて

U 調査地域概要
1 金沢市の概要
(@)金沢市の歴史
(A)金沢市によるまちづくり

2 旧町名復活事業について
(@)町名変更の歴史

(A)旧町名復活事業がおこるきっかけ
(B)旧町名復活事業の推進
3 調査内容・方法の概要
(@)調査について

(A)調査地域概要

V 住民にとっての旧町名復活
1 主計町(かずえまち)  
2
 下石引・飛梅町(しもいしびき・とびうめちょう)
3 木倉町(きぐらまち)    
4
 柿木畠(かきのきばたけ)
5 六枚町(ろくまいまち)
6 並木町(なみきまち)
7 袋町(ふくろまち)

W 旧町名復活に見る地域アイデンティティと地域イメージ
1 旧町名復活のまとめ
(@)町名変更時の様子
(A)新町名期における旧町名の認識
(B)旧町名復活のきっかけ
(C)旧町名復活に対する住民の反応
(D)旧町名復活後の様子
(E)新町名・別の地名・町名・に対するこだわり
(F)石柱について
2地域アイデンティティと地域イメージ
(@)旧町名復活と地域アイデンティティ
(A)旧町名復活と地域イメージ
(B)相互関連

X おわりに

・文献表

・図表(地図など)

・資料(資料や語句説明など)

【論文要旨】

T はじめに

〈問題意識〉

旧町名復活に対して人々がどのような認識・思考を持っていたのかを調べ、人々の生活の中での旧町名という地名が果たす役割を考察し、旧町名を持つ地域と場所に対して人々が抱くアイデンティティとイメージにどのようなものがあるのかを探ること。

〈地域アイデンティティ、地域イメージ〉

 *地域アイデンティティ…地域・場所に関わる主体(地域内の人)が地域に関するものを結びつけることによって他者に対する自己の存在を認識すること。

 *地域イメージ…地域・場所に対して抱かれるイメージ(印象)。主体は地域内外の人。

→両者は相互に関連しあう

 

U 調査地域概要

金沢市

 非戦災都市であり、大企業による支配もなかったため、他都市に比べ、前田氏による藩政期以来の城下町として栄えた歴史・風情が大きく損なわれることなく現在まで残されている。景観を含む歴史的環境や伝統的文化の保存のまちづくりを目指している。

〈旧町名復活事業〉

 1962(昭和37)年の「住居表示に関する法律」によって消失したかつての町名(旧町名)を現代において復活させるという金沢市による事業。現在までに7つの旧町名が復活(来年袋町が復活予定)

〈調査区域概要〉(元の町名)

@主計町…浅野川沿いの茶屋街。飲食店など。少数の一般住宅(←尾張町二丁目)

A下石引・飛梅町…国立病院等の公共施設(←石引町)

C柿木畠…商店街が主。片町、香林坊などの繁華街と大通りの広坂に隣接(←広坂一丁目)

D六枚町…非常に小さな区域。住宅街(芳斉町二丁目)

E並木町…浅野川沿いの住宅街。少数の商店(飲食店含む)。マンションが多い(←橋場町)

 

V 住民にとっての旧町名復活

〈全体傾向〉

町名変更以降も、住民の間では日常生活において旧町名は使用されていたし、町会組織の活動は旧町名下で行われ続けていた。一般的に、認識度は古い世代ほど、また居住歴が長い人ほど高く、新しい世代はあまり旧町名を知らない。

1 主計町〉

住民によって昔から旧町名復活が望まれていた。昔から呼んでいるから、という支持。

一部の人の「主計町」に対する意識は異なる。

2 下石引・飛梅町〉

ほぼ完全な行政主導。住民の数が少ない。金沢らしい名前(梅…前田氏の家紋)。

4 柿木畠〉

商店街の名前として使われていたための認識と周辺地域に対抗する意識から復活を進めた。没落を防ぐために、柿木畠という名前を新しいブランド名にしようとする狙い。

5六枚町〉

 旧町名復活を契機に、住民が集まる機会を得ることで、町会組織への参加率があがった。町に対する意識が変わり、町全体に対する視点を持つというまちづくりへの意識。

6 並木町〉

少数の古い世代の愛着だけでなく、マンション住民を中心とする新しい世代、住民による旧町名復活への支持。タクシーの存在。

 

W 旧町名復活に見る地域アイデンティティと地域イメージ

〈旧町名復活と地域アイデンティティ〉

 住民による指示がなければ旧町名復活はあり得ない。その点で旧町名復活は地域アイデンティティと関連し、時期によって2つにわけられる。

@旧町名復活以前の地域アイデンティティ

おもに旧町名時代から住む住民の持つアイデンティティ。例えば、「私は主計町に住んでいるのであり、尾張町に住んでいるのではない」という意識。旧町名復活によって確認、または再構築。

A旧町名復活過程に生じる地域アイデンティティ

 旧町名復活の話題が出てきてから、自分の住む旧町名の謂れなどを知り、それによってアイデンティティが形成されるケース。自分の住む町が他の町とは違うことを、何らかの情報を得ることによって認識するということ。意味の付与などを通して、旧町名復活によって新たに構築されるもの。

〈旧町名復活と地域イメージ〉

@旧町名それ自体による地域イメージ

 旧町名の由来に基づくものと、他の地名との比較によるものがある。前者は下石引町と飛梅町であり、城下町金沢としてのイメージを高めるものとして金沢市が推進。後者は主計町と柿木畠であり、主計町では茶屋街という正のイメージだけでなく、負のイメージを抱く住民も存在し、そのような人々は旧町名復活を喜ばしく思っていない。柿木畠は、繁華街や広坂通りに対抗するべく、それまでの「柿木畠=田舎」というイメージを払拭し、新たなブランド名としての確立を狙う。イメージの再構築と新たな構築。意味の付与。

A旧町名復活に関わる地域イメージ

 町会としてまとまったイメージ。それ以外にも木倉町商店街に対する外から抱かれるイメージが向上。または旧町名復活が実現したこと自体によって、向上する金沢市という地域のイメージ。

〈相互関連〉

主計町では住民の地域アイデンティティが先行し、それに市の観光要素、あるいは金沢市のアピールとしての景観保存などの要素を含めた地域イメージの向上が付随してきた。つまり地域アイデンティティの確立と地域イメージの再構築の同時成立。また、住民間において自分の住む地域イメージが向上することによって、地域アイデンティティが高まり、まちづくりにつながる場合もある。

 

X おわりに

 旧町名復活は、町名という地名を介して行われる地域アイデンティティと地域イメージの確立、再構築である。またそれらは一方的なものではなく、相互に関連する。その過程においては、無意識的に、あるいは目的に合うように意図的に、それぞれの意味するものの部分的消失や改変が行われている。その様相は各旧町区域によっても異なり、区域内の住民の性質などによっても違いが見られる。また、旧町名復活は現代における意味を持った地域アイデンティティや地域イメージを創出すると同時に次世代の人々にとっての(現代とは違った意味をもつ)地域アイデンティティと地域イメージの創出の基盤にもなりうる。

 本論文で中心に扱った地域アイデンティティと地域イメージ以外の見解についての考慮の必要性。リン・ステーリの「場所と政治」(旧町名復活を政治行動として分析)など。

 

【主要参考文献】

石見利勝・田中美子(1992):『地域イメージとまちづくり』,技報堂出版株式会社,182p

糸屋吉廣(2005):旧町名復活による地域コミュニティの形成.地域政策研究,30号,34-39

遠城明雄(1998):都心地区の衰退と「まちづくり」活動をめぐって.荒山正彦・大城直樹編『空間から場所へ―地理学的想像力の探求』,古今書院,242p

橋本和幸(2006):旧町名復活に取組む金沢市.都市問題,97(4)63-37

森正人(2006):ミシェル・ド・セルトー.加藤政洋・大城直樹編著『都市空間の地理学』,ミネルヴァ書房,70-84

矢作弘(2004):まちづくり考「金沢モデル」.地域開発,473号,1-5

山出保(2001):旧町名復活は郷愁ではない―現代的意義を問い直すとき―.北國文華,7号,45-52

Lynn A. Staeheli. (2003):Chapter 11 Place. J. Agnew, K. Mitchell, and G. Toal (eds.)In A Companion to Political Geography. pp. 158-170. 本岡拓哉訳(2006):場所と政治研究.空間・社会・地理思想,10号,127-137

Harvey, D.1993'From space to place and back again: Reflections on the condition of postmodernity', Bird, J. et al., Mapping the Futures: Local Cultures, Global Changes, London and New York: Routledge. pp. 3-29. 中島弘二訳(1997):空間から場所へ、そして再び―ポストモダニティの条件に関する省察―.空間・社会・地理思想,2号,79-97


神戸大学・発達科学部・人間環境学科・社会環境論コース・卒業論文一覧

神戸大学・発達科学部・人間環境学科・社会環境論コース・澤ゼミの内容