2000年度卒業論文

オールタナティブな発展
―新しい社会の形成に向けて―

了戒紗世

1, 目次
はじめに
第1章 オールタナティブな発展とは
第1節 「オールタナティブな発展」の背景
第2節 「オールタナティブな発展」論
第3節 第三世界における「内発的発展論」
第2章 内発的な発展
第1節 サルボダヤの経験
第2節 内発性
第3章 自立性
第1節 地域社会のあり方
第2節 外部との関係のあり方
第4章 総括

2, 論文要旨
 オールタナティブな発展(Alternative Development)とは、西欧をモデルとする近代化に対してこれとは違った発展の筋道があることを示している。「開発」(Debelopment)という名のもとに発展途上国において何の疑いもなく行われてきた今までの経済開発や工業化への疑問の声から始まった。「開発」が行われ始めてから約20年後の1960年代後半のことである。


 「開発」において世界中の国々が西欧化を目指し、自国の伝統的文化を捨て西欧の手法や制度を取り入れた。世界は均質化し、今では世界中の多くの人が同じような生活スタイルを経験するようになった。多くの国で英語が話され人々は伝統的な服を脱ぎ、ジーンズをはく。社会人ならスーツを着る。常夏の国でも長袖のスーツは必需品である。町ではアメリカのポップスが流れ、パンやコカ・コーラはどんなところに行ってもたいてい購入することができる。アメリカの文化が世界にあふれている。
 しかし、このような西欧を手本とした「近代化」を押し進めることに疑問を抱く人々が第三世界の地域で独自の発展というものを模索していた。


 また、GNP(国民総生産)は成長しても人々は豊かになれず、貧富の差の拡大、都市人口の増大による失業問題、工業化による公害など、様々な問題があらわになり、GNPでは国民の本当の豊かさが計れないことなどから、「発展」というものが新たに考えられ始めた。これが「オールタナティブな発展」である。近代化によって生じた様々な問題が取り上げられ、オールタナティブな発展のあり方が議論され、又さまざまな地域で実践が行われてきた。
 本論文では、いままで非常にあいまいにしか捉えられていなかった「オールタナティブな発展」を再検討するものである。近代化とは異なる「新しい社会」を築いていこうとする地域における発展のあり方を論じるものである。

 第1章では、オールタナティブな発展の議論を振り返りたい。
 オールタナティブな発展の議論は3つに分けられる。「目標とする社会像」「形成過程」「外部との関係のあり方」である。
 西欧における「オールタナティブな発展」の議論においては、主に西欧の価値観を世界に普遍的に捉えているものであった。そのために「目標とする社会像」は、西欧社会であり、より多くの人が世界市場に参入しいかに現金収入を得られるか、ということが議論された。これは従来の「開発」と同じく西欧諸国は「先進国」であり、第三世界は「後進国」という見方を押しつけるものであった。「形成過程」に関して、価値観のことなる地域独自の発展が議論され、支持されたこともあったが、西欧的な価値観に押し切られ、このような内発性は西欧においてはあまり考慮されなくなった。


 しかし、西欧以外においては「オールタナティブな発展」として、この「形成過程」が重視された。「発展」というものは多様な文化や価値体系に由来して作られるものであるとされて、社会の違いを空間的なものと位置づけ先進―後進という見方はせずにすべての社会の価値観を対等に扱う。このような発展は「目標とする社会像」を作らない。


 私は、発展というものが単線上ではなくて当然だと考える。今まで第三世界の国々に西欧の価値観を押しつけてきただけであり、それに反発して独自の価値観に基づいた発展を模索する動きが現れたなら、それを発展でないとどうして言えようか。このような独自の伝統的価値観や文化に基づいて「新たな社会」を築くことがオールタナティブな発展であると考える。


 第2章では、オールタナティブな発展の「形成過程」は内発性を重視したい。地域で独自の価値観に基づいた発展を模索しているスリランカのサルボダヤ運動という例を用いて「発展」の内発性を考えたい。
 サルボダヤ運動は、地域に根付いた仏教の教えとガンディーの思想を融合させた「サルボダヤ」思想を広めて社会を創っていく試みである。西欧における発展が「多数」を基にして考えられているのに対して、サルボダヤにおける発展とは「すべての人」を対象にしている。また、西欧の発想である「資本主義」を私的利益の追求であり人間にとって最も大事な精神的発展を疎外するものであるとして精神的な発展を第一と考え、近代化とは異なる社会を築いてきた。
 このような発展の「形成過程」は地域に根付いた伝統・文化に基づくものであること、また伝統をそのまま再現するのではなく、地域の伝統・文化を再構築する過程が大事であり、誰が、どのように発展を作るかが重要であるとする。

 第3章では、このような発展の外部との関係のあり方を考えたい。地域社会の自立の必要性と、外部との国家との関係について考える。一つ目に地域社会の自立とはどのようなものであろうか。独自の発展を行おうとする社会にとって世界市場に参入し、世界的な物質の流れに巻き込まれることでは自立はできないとして、地域自立の経済学というものを提案する。
 また二つ目に、地域が自立を図っても、社会制度が自立を許さない場合がある。これは例えば土地制度で農民が従属状態に置かれているような場合である。このような従属関係から開放されるために国家に働きかける必要がある。しかし、この場合の国家への働きかけは権力を求めない、「オールタナティブな発展」は、下からの社会運動的なものとして国家に変革を求めてゆくものである。

3, 参考文献
『内発的発展論』鶴見和子/川田侃編、東京大学出版会、1989年。
『市民・政府・NGO』ジョン・フリードマン著、新評論、1995年。
『脱「開発」の時代』ヴォルフガング・ザックス編、晶文社、1996年。
『東洋の呼び声』A・T・アリヤラトネ著、はる書房、1990年。
『豊かなアジア・貧しい日本』中村尚司著、学陽書房、1989年。


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