「女らしさ」と「私らしさ」に関する地理学的研究
―雑誌メディアにみる「関西ガーリズム」―
郷原慶子


【章構成】
 第1章  問題の所在 ――主体性の領域 
 第2章  先行研究批判と研究手法検討 
    (1) フェミニズムと女性像研究
         1 ジェンダーのパフォーマティヴィティ 
         2 可視化される自己
         3 自己表現のメディア 
    (2) 研究手法
         1 研究対象
         2 分析枠組
 第3章 分析
    (1) 「おしゃれガール」 ――『関西girl's style exp.』の描く女性像
         1 性隠しの少女
         2 堀江的な「私」
    (2) 「カッコいい女」 ――『mugwump』の描く女性像
         1 性愛の強調
         2 アメ村的な「私」
    (3) 小括
 第4章 考察 
 第5章 結論


【論文要旨】
 日本においてもフェミニズム思想はある程度認知され、社会全体の流れとして女性の主体性が問われるようになっている。筆者は、余暇空間としてのファッションの街におけるファッション行為が若者文化の中でもとりわけ重要な地位を占めてきたことに注目し、このことが女性のアイデンティティ形成にも大いに関わってきたと考える。本稿の目的は、現代女性の主体性を表すとされるような領域が、家庭/職場といった従来の二元論的な空間といかに関わるのかについて検討を加えることであり、経験され実践される場所を描き出すことで、男性覇権主義的な地理学的知が固執してきた二元論的諸関係の脱構築を目指すフェミニスト地理学として位置づける。   

 フェミニストの間で無意識的に行われてきたジェンダー関係の物象化に対するバトラー(1999)の問題提起に呼応して、フェミニスト地理学においても女性間の差異を描き出すことが中心議題とされてきた(ローズ,2001)。ハバード(2002)による赤線地区と街娼のアイデンティティに関する研究は、衣服やジェスチャーで身体表面上に現れる性を意図的に演出することが文脈の撹乱、さらには主体的な場所の構築の手段となる可能性を示唆している。これは、公共空間においては「外見の性」が人間の性別を規定する最も重要な手がかりであり(村田,2002)、またそれが他者の判断によって生じる最も偶発的な要素だからである。筆者がファッションを重視するのは、まなざしを通して外的空間に構築されるジェンダーを身体に内在化させる装置としてファッションがはたらくと考えるためである。
 ところで、戦後日本の若者文化の隆盛に少なからず貢献してきた女性ファッション情報誌の特長は、商品としてのファッションアイテムを身につける女性像を様々なビジュアル・イメージ(落合,1995)や言語表現を用いてあたかも実際に存在するかのように描き出すことであった。女性ファッション情報誌に代表されるメディアは、大衆文化レベルで女性の主体性を喚起してきた一方で、消費とモードの論理を背景に個人の価値観を細分化することで、あるときは場所の物象化を通して(成瀬,1996)女性のアイデンティティをも商品化していった。 
 女性の主体性が問われる現代において、女性ファッション情報誌は、旧来の女性的身体表象に当てはまらない女性像や、そのような女性によって主体的に構築される家庭/職場の二元論的枠組みから逃れた場所を描き出す。ただしこのような既存の性役割の表面的な否定は、メディアを通して行われる限りは、商品である女性像の企業間における差別化に過ぎないのである。

 以上の議論をもとに、女性ファッション情報誌に表象される女性像の分析を行った。分析対象としたのは、大阪・ミナミを中心とした関西のストリートファッションを扱う10代後半〜20代の女性を対象としたファッション情報誌『関西girl's style exp.』(カミーノ発行、vol.1〜vol.4)と『mugwump』(トップステージ発行、No.00〜No.02)である。個々の雑誌についてビジュアル・イメージや言語表現などの分析を試みたのち、それぞれに表象される女性像のアイデンティティを「関西ガーリズム(girl-ism)」として統合し、考察した。
 関西ガーリズムにみる「女らしさ」とは、常に「他の女性」によって否定的な含みをもって見出される偶発的なものである。また一方で、他者に見出されることによりいったん対象化される「女らしさ」は、ファッションの名のもとに「私らしさ」としてパロディ化されている。このパロディ化の過程こそがジェンダー・アイデンティティの形成に関わっているのである。
 ストリートの風景が全国的に均一化し場所の固有性が失われていく中で、関西ガールの場所構築の焦点は、ストリートによって提示される要素をいかに再構成し独自性を獲得するかにある。関西ガールは時間性や空間性からの極端な孤立、もしくは、家庭/職場などの所与の空間をファッションの娯楽的要素で満たすことによって既存の性別役割分業から逃れようとしている。このような場所構築には異性愛制度が依然付いてまわり、関西のローカルな文脈とローカルなアイデンティティが関わっている。

 本稿ではファッションという文化的行為を事例に、女性による主体的な場所構築の考察を試みたが、女性の日常生活空間のうち具体的にどの領域を主体性の領域とみなすかは、その時々の社会的・文化的諸関係に応じて議論されなければならない。また、メディア言説による場所構築の議論は結局は場所の商品化論の域を出ないようにも思われる。今日のメディアをめぐる状況を踏まえた上での調査法の検討は今後の課題である。


【主要参考文献】
落合恵美子(1995):ビジュアル・イメージとしての女――戦後女性雑誌が見せる性役割.井上輝子・上野千鶴子・江原由美子編:『日本のフェミニズム 7 表現とメディア』 岩波書店,97-129.
成瀬厚(1996):『Hanako』の地理的記述に表象される「東京女性」のアイデンティティ.地理科学,51,219-236.
バトラー,J.著,竹村和子訳(1999):『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの撹乱』 青土社,296, ivp. Butler, J. (1990): Gender Trouble: Feminism and the Subversion of Identity.Routledge, New York&London.
ハバード,P.著,神谷浩夫訳(2002):セクシュアリティ,不道徳,および都市;赤線地区と街娼の底辺化.神谷浩夫編監訳:『ジェンダーの地理学』 古今書院,118-150. Hubbard, P. (1998): Sexuality, immoralitiy and the city: red-light district and the marginalisation of female street prostitutes. Place and Culture, 5,55-72.
村田陽平(2002):日本の公共空間における「男性」という性別の意味.地理学評論,75,813-830.
ローズ,G.著,影山穂波・佐藤真江・西村雄一郎・丹羽弘一・福田珠巳・山田朋子・吉田雄介・吉田容子訳(2001):『フェミニズムと地理学――地理学的知の限界』 地人書房,277p. Rose, G. (1993): Feminism and Geography: The Limits of Geographical Knowledge. Polity Press, Cambridge.

神戸大学・発達科学部・澤ゼミの内容