場所への愛着に関する人文主義的地理学的研究
―ライフヒストリーとテクスト分析―

相澤亮太郎


【章構成】
はじめに《問題意識》
第1章 研究の目的《場所愛研究の意義》
1-2 先行研究の紹介と残された課題
1-2-1 これまでの研究と人間主義地理学の立場
1-2-2 「場所への愛着」概念について
1-3 研究の手法
1-3-1 ライフヒストリーインタビュー法について
1-3-2 著述物に見る場所への愛着
第2章 ライフヒストリーインタビュー調査結果
2-1 ライフヒストリーインタビューの要約
2-2 ライフヒストリーインタビュー調査に関する小括
第3章 著作物からの場所への愛着の分析
3-1 陳舜臣について
3-2 『神戸ものがたり』と『神戸というまち』の概要
3-3 『神戸ものがたり』および『神戸というまち』の分析と比較
第4章 考察
第5章 結論
参考文献一覧
資料
【論文要旨】
■研究の動機と目的
 1995年の阪神・淡路大震災を契機に、多くの被災者は住み慣れた土地から離れることを余儀なくされた。そして土地の記憶も既存のコミュニティも持たない真新しいまちでの暮らしは、たとえば復興公営住宅での孤独死などの結果をもたらした。このような状況を見るにつけ、愛着を持てるまちをいかに作り出すことができるのかが鍵になるのではないかと考えた。それが、場所への愛着の要因や構造を明らかにする研究を行う最大の動機である。
 本稿では「場所」を「人間にとって何らかの意味を持つ地理的範域」と定義する。そして論考を進めるにあたっては「場所への愛着」概念をイーフー・トゥアン(1992)の造語である"Topophilia"(場所への情緒的つながり)に依拠することとする。現代社会における場所を取り巻く状況は、たとえばレルフ(1991)は多国籍企業の活動によって「没場所性」が世界中で拡大していることを指摘し、カステル(1999)は情報化の進展によって「所在の空間」は「フローの空間」へと変化していることを示した。本稿で扱う場所への愛着という視点は、場所が置かれている現代的状況への有効な視座を提供しているものと考える。
 また本稿では、主体が環境をいかに認識するのかという側面を重視する人文主義的地理学(humanistic geography )の立場を取る。そして、ライフヒストリーインタビュー法およびテクスト分析という二つの手法から、場所への愛着の要因や構造を考察する。

■ライフヒストリーインタビュー
 性別や年齢の異なる何人かの人々にそれぞれの人生を語ってもらい、その語りの中からその人と場所との関わりについて考察した。その結果、【場所の破壊と場所への愛着の関連性】【場所への愛着における人間関係の重要性】【アイデンティティの根幹としての場所と愛着感】【属性の違いからくる場所愛の差】【生活経験にもとづく場所愛】【子供時代の場所経験と場所愛】【移動経験と場所愛】【場所経験と愛着の欠落する側面】などの項目を抽出・分析した。

■著述物からの場所愛抽出
 もう一つの研究手法として、ある場所について書かれた著述物からの場所愛抽出を試みた。具体的には、陳舜臣という作家が自分の生まれ育ったまちであるが神戸について著した『神戸というまち』(1965)および『神戸ものがたり』(1981)を扱った。その著作の内容から、場所への愛着を抽出・分析し、【子供時代の場所経験と場所への愛着】【場所の記憶と場所への愛着】【場所への愛着からくるまちへの語りかけ】【場所の破壊と場所への愛着】などの項目について抽出・分析した。

■考察とまとめ
 場所への愛着はどのように生み出されていくのか。ここまでの研究より、【ふるさとと場所愛の分離】【主体の立場・属性の違いによる愛着の対象の違い】【愛着の対象の場所固有性】【場所の喪失と場所との隔離感】【場所への愛着の階層性】などの視点を指摘することができた。それらをまとめると以下のようになる。

 まず主体のおかれている立場や状況、属性などが重要だと言える。性や民族という大きな枠組みから、職業や生活経験の違いなどの比較的細かな差異によっても、場所への愛着は異なった形で表出する(図1)。しかし、重要なのは主体の属性だけではない。愛着の対象となる要素の側にも重要な性質がある。それは、愛着の対象が場所的な固有性を持つかどうかということである。たとえば愛着の対象として「自然」の存在が挙げられたとしても、その「自然」が特定の地域に縛られない「自然」である場合は、場所への愛着として表出せず、逆に特定の地域の「自然」を指す場合は、場所への愛着として表出するのである(図2 a.及びb.)。また場所の破壊や移動経験などによって場所から離れることで、場所への愛着が明確に意識化されることも指摘できる(図3)。

 以上のように、場所への愛着が生まれる構造の一部を明らかにすることができたが、残された課題も多い。愛着の対象となる場所のスケールがどのような階層性・重層性を持つのか、場所への愛着自体が持つ階層性の検討、さらに、場所への愛着を生み出す装置に関する検討などについては、今後の課題としたい。
【主要参考文献】
阿部一(1996):主観と景観――現象学的地理学の立場,地理科学,51,3,169-174
イーフー・トゥアン,小野有五/阿部一訳(1992):『トポフィリア――人間と環境』せりか書房,446p,Yi-Fu Tuan.(1974):Topophilia
イーフー・トゥアン,山本浩訳(1988):『空間の経験 ――身体から都市へ』築摩書房 ,424p,Yi-Fu Tuan.(1977):Space and Place
エドワード・レルフ,高野岳彦・阿部隆・石山美也子訳(1991):『場所の現象学――没場所性を越えて』築摩書房,341p,Edward Relph(1976):Place and Placelessness
陳舜臣(1965):『神戸というまち』至誠堂,221p
陳舜臣(1981):『神戸ものがたり』平凡社,228p
マニュエル・カステル,大澤善信訳(1999):『都市・情報・グローバル経済』,青木書店,342p,Manuel Castells(1999):Global Economy, Information Society, Cities and Regions

発達科学部・社会環境論・卒業論文題目